週末にほこりを払って綺麗にして、久しぶりにケメックスでコーヒーを入れた。こんな割れやすい保温性もない道具でコーヒーを淹れるという行為が時間の贅沢なんだよね。コーヒーの香りが部屋一杯に広がる。
受験塾に通い続けたぐらも、もうあと2ヶ月ぐらいで開放。家の中に出来たプリント塚や膨大なテキスト類を見てると「こんなにやって頭にはいるのか?」といつも思う。
それでも継続とはたいしたもので、塾の成績はそれなりとしても学校の宿題は社会意外は「瞬殺」になる。とすると公立でクラス内で凄い学力差が発生しているのじゃないかなと漠然と思うわけですね。きっと塾通いであればぐらみたいな子どももけっこういたりするかなと。
本来なら社会にでれば色々な人がいるのだから、その縮図である公立中学に進むということがぐら本人も私も嫌なわけではない。郊外の住宅地の中の学校だから、荒れているという話も聞かない。それでも「中学受験」の選択肢を残して今まで引っ張ってきたのは、やっぱり私の奥底にある「知に対する憧れ」みたいなものがあるんだろうなあと。自分が少し手を伸ばしかけて極めなかったものへの憧憬みたいな。まあ中学受験の問題が知に直結するとは思わないけれど、でも問題文として毎日のようにこの3年接してきた沢山の文章、それは少しはその端っこにつながっているんじゃないかなあと思う。
そして、その知を刺激してくれるような環境を中高と用意するために「中学受験」に仕向けたというのが私の考えだなと書いているうちに整理されてきた。もちろん、本人の意思があってこそだけどね。
あと2ヶ月もう2ヶ月。平常心で淡々と過ごします。