前の本も非常に繊細な話だと思っていたけど、この話のほうがその透明感が際立つ。パイロットフィッシュというのはアクアリウムの生態系を完全なものにするためだけに水槽に入れる魚のことらしい。アクアリウムの生態系がバクテリア含めて完全なものになると捨てられるという。人物の設定はエロ本の編集者だったり風俗の女の子だったりするのだけど紡がれる人間関係は、そのアクアリウムの完全な生態系のように儚く、美しい。
その中に出てくる文章で共感できるというか心に刺さる文章があった。「記憶からはそう簡単に逃げることはできない。どんなに忘れたい過去も、若さと感性だけで言い放った思い出したくもない浅はかで残酷な言葉も、自分の一部として生き続けていてそれが40代になった自分を苦しめる」といったような文章。そう、今考えたら20代はある意味万能感みたいなものがあった、と思う。その万能感が傲慢さにもなっていただろう。でも年齢を重ねて今に至り、その傲慢さがどれだけ大人になりきってなかったかを今になって理解するといった感じ。この主人公の年齢に近いからこそ分かってきた真実なんだろうなあ。
大学生の頃の主人公のこの時期特有の深い穴に意識が入り込んだような孤独感、そして彼女との関係もよく描けていたと思う。懐かしい。あとあまり本質とは関係ないけれど大学時代の主人公と彼女が、バイト先の成功した店長の家に頻繁に招かれて幸せな風景とともに食事をする場面がとても好きだ。
全体的にあまりにもプロットがきれいにまとまりすぎていて、それが少し物足りないというかきれいごとという気がないでもないけど、私的に久々に読み応えがあった。帰す時に借りた同僚に感想を聞かれたら「うーんAだった」と答えようと思います。ちなみに「アジアンタムブルー」は「Bダッシュ、私が君の頃にこれを読んでいたらAの可能性あり」と答えたけど。